一年で一番長い日 61、62「でも、高山氏を試してどうするつもりだったんだ?」俺は訊ねた。 「もしも高山氏が君たちを見分けたら、どうするつもりだったんだよ」 「その時はその時」 しらっと葵は答えた。 「出来れば、自分が書類上葬り去った息子のことを思い出して欲しかったんだ」 それに、と葵は言葉を継いだ。 「芙蓉がいなくなってから、あの人の息子は俺だけになったけど、だからといって一人の人間として見ていてくれたわけじゃなかった。だからさ、知りたかったんだよ、あの人にとって俺たち双子の存在って何だったんだろうって」 「それが分かったのか?」 「まあね」 葵は頷いた。 「あの人にとって、子供なんて単なる記号にすぎないってことが分かったよ」 「記号って・・・」 「文字通り。俺はあの人にとってただの<息子>であり、意のままに動くべき存在で、意志を持ってはならない。だからさ、<葵>だろうが<芙蓉>だろうが、呼び名が違ってもそれに意味は無いんだ、あの人にとっては」 「だから、スペアなんて言葉が出てくるのか・・・」 俺は虚しくなった。 「そうだよ。<息子>の機能を持つ者が一人いればそれでいい。それが双子でも構わなかったけど、双子のうち一人は彼の思う<息子>のカテゴリーから大きく外れた。だから排除したのさ」 俺はじっと葵の顔を見つめ、言った。 「こんな憎たらしい<記号>なんてあるもんか」 「憎たらしいって、あなた・・・」 葵は笑いかけたが、俺の言葉を聞いて黙りこんだ。 「よくしゃべるし、人のことをからかうし、甥っ子の世話をしたり、兄弟の心配をしたりする。君が<記号>なんかであるもんか。そんなもんに置き換えられないよ。君は高山葵という、この世でたった一人の人間だ。芙蓉くんも、もちろん夏樹くんも」 「・・・ありがとう」 声が少しだけ湿っている。それに気づかないふりをして、俺は続けた。 「何の関係もなかったはずの俺を、こんなややこしい事態に巻き込んでくれて。俺には未だに訳わからんじゃないか。そんな憎たらしい<記号>、あるわけない!」 俺の主張に、葵は大笑いした。その目に光るものがあったけど、俺は知らないふりをした。 ---------------------------- prisonerNo.6は眠かった。たまらない。もう何も考えられない。思わずキンカンの臭いをかいだ。 ノックアウトされた。 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ 「で、どうして俺は巻き込まれたんだ?」 俺は訊ねる。 「やっぱりあれか、親子ゲンカに割って入ったからか?」 「まあ、そうだね」 葵は答え、真面目な顔で俺を見た。 「びっくりしたよ。今どき、そんなお節介な人がいるなんて思わなかったしさ。だって、すんごい険悪だったんだよ、俺と父は。皆引いてたもん」 「そ、そんなに怖い雰囲気だったのかよ?」 俺は冷や汗が流れるのを感じた。 そういえば昔、朝普通に出勤したら同僚にものすごく無事を喜ばれたことがある。なんでも、その前の晩、俺は893のケンカに巻き込まれた、というか、自ら巻き込まれに行った、らしい。 いや、記憶はある。確かに俺は同僚と飲みに行った先でケンカの仲裁に入った。ただ、それが893だと気づいていなかっただけで。 その時も、どうやったかまでは覚えていないが、上手く双方を取り持って、最後は皆で楽しく飲んで帰って来た。同僚は俺が彼らに連れていかれたので蒼白になったという。でも肝心の俺が、震えるどころかご機嫌でにこにこしていたので、警察に通報していいのか悪いのか分からなかったらしい。 俺は後からその話を聞いて真っ青になった。恐怖のあまり一瞬気が遠くなり、崩れるように椅子に座り込んだのを覚えている。 いくらなんでも893のケンカはヤバいだろう。素面だったら絶対に近づかなかったと断言できる。しかし同僚が言うには、ニィさんの一人に、 「耳の穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタいわしたろか? あ?」 などと勝新太郎&田宮次郎の映画「悪名」ばりに脅されているにもかかわらず、俺は楽しそうに、いや、同僚は無邪気に、と言った。無邪気に笑っていたそうで、ニィさんたちも毒気を抜かれたようになっていたらしい。 怖っ。俺は今回また普通なら誰も近づかないような危険ゾーンに寄って行ったのか? 「怖い雰囲気っていうかさ」 葵は俺の青くなった顔色を見て呆れたように言った。 「口論してだけなんだけど、父が、ほら、あなたの言うところの<笑い仮面>でしょ? 俺も腹が立てば立つほど無表情になる方だし。俺たちの周りの席の客はみんな、早々に立ち去ってたね。相当居心地悪かったみたいだよ」 俺は想像してみた。<笑い仮面>と<鉄仮面>の口ゲンカ。・・・怖い。怖いよ。お父さん、誰か来るよ。お父さんを殺しに、誰かやって来るよ・・・ 「野生の証明」ごっこしてどうするんだ、俺。しかも俺が薬師丸ひろ子なのか。父さんは高倉健か。ってゆーかこの映画、LDしかないのか。いや、DVDもあった。 いかん。また脳内逃避してしまった。 俺は確かに無謀だ。智晴にも言われたが。無謀なお人好し。今までよく無事に生きてこられたものだ。感謝しなければ。 ♪ありがとう ぬくもりを~ 次は町田義人か、俺。ついでだから森村誠一の原作も挙げておこう。 ・・・と思ったら、本は見つからない。何故だ。 ------------------------------- prisonerNo.6はショックを受けていた。今夜初めて使った新しいPCの時計が正確だということを忘れていたのだ。昨日までのPCの時計は2分早かった。いつもそれに合わせて日付が変わるぎりぎりに記事の投稿をしていたのだった。「8月23日の日記」が空白になってしまった・・・ 次のページ 前のページ ジャンル別一覧
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